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ILH代表黒部のブログ

黒部さん家の教育回顧録

黒部さん家の教育回顧録 2016・9・14

久々に回顧録を再開する。
前回はニューヨークにある進学校ホーレスマンスクールの話を始めた。国連学校に通っていた長女の転校にチャレンジしたのは、日本人教育ママが、どうせ高いお金を払うのならそれを取り返すぐらい教育水準の高い学校に転校させろという一言で決めた。と言っても編入試験がある。また現在通っている学校の成績も反映する。通っていた国連学校での成績は悪くはなかったが、体験クラスに参加し、生徒達の英語力の違いに唖然とした。ただその時は親の私が無我夢中で、とにかく転入させたいという強い思いでいっぱいだった。そんな思いが通じたのか、娘は補欠30番目だったが、しつこいほど毎日電話をかけなんとか難関を突破した。この詳細は下記に書く。
Horace Mann schoolは1887年の創立で、幼稚園から高校まで一貫した教育システムがある。ホーレスマン幼稚園とランゲージハウス幼稚部とは、現在園児の文化交流を行っている。場所はブロンクスにあってマンハッタンからは地下鉄で20分ぐらいかかる。私が最初にホーレスマンを見学したのは雪の降る寒い冬だった。地下鉄の駅周辺は殺風景で、学校まで10分ほどの坂道には何もない。学校は22000坪ほどの敷地に小学校から高校までの施設と、だだっ広いグランドがある。私が最初に訪問したのはadmissionと呼ばれる編入受付事務所。ここでは編入受付が随時行われていた。なぜならこの学校、授業やテストの厳しさから落第も尋常な数ではなく、学校も将来性のある生徒を確保するのに忙しい。しかし通常の入試試験は50倍の競争率なので、私の娘のように編入を狙ってくる人数も尋常ではない。ホーレスマンに入れればバーバードも夢ではないという親たちがたくさんいるのがニューヨークである。実際卒業生の3割はハーバードに入る。
娘はクラスを体験したあとエッセーを書かされ、面接を受けた。合否は後日ということだったが、一週間たってもなんの連絡もなかった。せめてYESかNOだけでも分かれば気持ち的にもすっきりする。がしかし10日たっても連絡がない。しびれを切らした私は電話をした。答えは補欠だから待てという。どのくらいの確率で入れるのかという質問には" Sorry, we don't know"という返事。それじゃあ後どのくらい待てばいいのかも" Sorry we don't know"だった。私はこの学校を勧めてくれた友人に相談したところ、娘の営業マンであれと言われた。つまり商品を売り込むためには毎日、相手がしつこいと思うほどに電話を入れろということだった。私はこの忠告を真面目に受け止め、その日から毎日午後2時を見計らってAdmissionに電話をした。相手側は毎日Sorry we do not know yetの連続でこちらもへこたれそうになったが、諦めてはいられない。私の中には娘をホーレスマンに入れるという方程式しかなかった。2月27日の午後再度電話を入れた。" Hi this is Tara's mother, I would like to ask my big request"  "What is your request?" と学校側。 "if you could kindly give my daughter a present on her birthday, it is actually today" と私、続けて" please give her a chance to study at your school"と聞いた。Admissionnoの担当者はしばらく無言であったが、Waitといって電話を置くと、しばらくして "Your daughter is in"という返事であった。信じられないような、しかしこの瞬間を待っていた現実との間でYES!と自分に呟いた。


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